文月の100年計画ブログ

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【読書】世界全史④-2 ~トルコと十字軍~


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皆さんこんにちは。文月です。

 

本日も引き続き「世界全史」について見ていきたいと思います。

 

この一連のエントリーは、私の読書備忘録を兼ねています。

 

一つ前のエントリーはこちらです。

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本日は第4章「ユーラシアが一体化して起きた文明の大交流」の中盤のイスラム帝国成立以後についてです。

 

目次

 

 

イスラム商圏の拡大

 

大征服の結果、イスラム世界では格差や民族対立が広がります。

アラブ人の地位・特権を擁護する「スンニ派」とイスラム信徒の平等を謳う「シーア派」が対立し、武力衝突が発生。

この結果、スンニ派が勝利し、シリアにウマイヤ朝を建てます。

 

ウマイヤ朝はアラブ人を優遇し、被征服民には多額の税をかけます。

もちろん大衆には不満が溜まりますが、この不満をそらすため、ウマイヤ朝はふたたび大征服運動を開始し、西北インドからイベリア半島にかけての土地を支配下に加え、より一層の大帝国となったのです。

 

しかし、このような中でアッバース家がウマイヤ朝を倒して新たにアッバース朝を建てます。

 

アッバース朝では、イスラム教徒の平等が広がり、アラブ人とペルシア人の提携が進みます。

首都もアッバース朝の第二代カリフの時代にシリアからバグダッドに移ることとなり、これによってそれまで地中海周辺から広がっていた商業圏がシルクロードと結合してユーラシア商業圏が成立します。

 

 

トルコ人イスラム世界の覇者となる

 

11世紀、中央アジア遊牧民であるトルコ人が南下し、バグダッドを攻略してイスラム帝国の支配者となります。

 

トルコ人イスラム帝国のカリフからスルタン(権力者)の称号を受け、宗教面を指導するカリフに対して、世俗支配することに。

 

トルコの下でイスラム帝国はさらに拡大し、北インドにも勢力を伸ばして奴隷王朝を建てます。

この北インド王朝は後のムガル帝国に繋がっていきます。

 

地中海ではビザンツ帝国をも脅かすようになり、この結果ヨーロッパではトルコ人に対する十字軍が組織されることとなりました。

 

 

十字軍がヨーロッパを変えた

 

広がったイスラム帝国では、当然のように分裂の動きもありました。

エジプトでシーア派ファーティマ朝が成立します。

このような状況の中、トルコ人ビザンツ帝国に対する攻撃が進められ、これに対抗できなかったビザンツ帝国キリスト教世界に支援を求めることとなります。

 

ローマ教皇は支援要請を受け入れ、十字軍を編成します。

十字軍は1096年から1291年にかけて派遣され、イスラム教徒に対する聖戦を戦います。

 

十字軍は、当時の後進国であるヨーロッパが先進国であるイスラムに対して行った軍事遠征であり、十字軍によってイスラムの先進技術や世界文化がヨーロッパに流入する事となりました。

十字軍はヨーロッパの文化的飛躍のキッカケとなったのです。

 

 

終わりに

 

いかがでしたでしょうか。

 

現代にも通じるイスラム教のスンニ派シーア派の対立や、後の世界史でなぜヨーロッパが飛躍していくのかという種が蒔かれているような内容でした。

 

世界史の効用として、現代世界を理解できるようになり多角的に出来事を捉えることができるようになります。

 

本日もご覧いただきありがとうございました。

 

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