文月の100年計画ブログ

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【読書】世界全史⑤-1 ~ユーラシア帝国の再編~


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皆さんこんにちは。文月です。

 

本日も引き続き「世界全史」について見ていきたいと思います。

 

この一連のエントリーは、私の読書備忘録を兼ねています。

 

一つ前のエントリーはこちらです。

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本日からは第5章「再編されていくユーラシア」です。

 

目次

 

 

モンゴル帝国後のユーラシア

 

ユーラシアに大帝国を建てたモンゴル人でしたが、モンゴル帝国は150年ほどで分裂してしまいます。

各地でユーラシア帝国以前へと再編成される動きが活発化します。

 

モンゴル帝国崩壊後、中央アジアに興ったティムール帝国モンゴル帝国後のユーラシア帝国復興に動きましたが、結局果たせずにユーラシアの分裂は決定的となりました。

 

東地中海にオスマン帝国イラン高原サファヴィー朝、インドにムガール帝国、中国に明の4つの帝国が分立することになります。

 

イスラム世界はトルコ人ペルシア人の間で二分されることになりました。

 

トルコ系のイスラム教徒によってインドに建てられたのがムガール帝国

 

ムガール帝国一神教イスラム教徒が多神教ヒンドゥー教徒を支配する構図であり、安定した支配は困難でした。

ムガール帝国の不安定な状況が、後のイギリスによるインドの植民地支配につながります。

 

イラン高原ではペルシア人によるサファブィー朝が興ります。

サファヴィー朝の王はシャーを名乗り、シーア派を国教としてペルシアをまとめますが、サファヴィー朝の西にはスンナ派オスマン帝国が存在しており、この両国は対立します。

 

サファヴィー朝オスマン帝国の対立のため、ペルシア人シーア派の結びつきはより強固になっていきます。

 

 

オスマン帝国の膨張

 

モンゴル帝国の時代、小アジアにおいてオスマン朝が興りました。

 

オスマン朝ビザンツ帝国を侵略し、勢力を徐々に西に広げていきます。

 

1453年、オスマン朝ビザンツ帝国の首都であるコンスタンチノープルを陥落させ、1000年以上続いたビザンツ帝国を滅ぼします。

コンスタンチノープルイスタンブールと名を変えてオスマン帝国の帝都となり、オスマン帝国は地中海と黒海を結ぶ商業圏を手にすることに。

 

16世紀前半のスレイマン1世の時代には、イラク地方、アラビア半島北アフリカ小アジアバルカン半島にまでその支配領域を伸ばし、かつてのローマ帝国イスラム帝国を統合して引き継ぐ地域を手にすることとなりました。

 

 

終わりに

 

いかがでしたでしょうか。

 

モンゴル人によるユーラシア帝国崩壊後は、一部ユーラシア帝国再建の動きがあったものの、もとの4つの地域で小さな世界へと回帰していきました。

 

この後は、ヨーロッパが大航海という大きな世界へ向かっていくことになります。

 

本日もご覧いただきありがとうございました。

 

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